活動の目的

活動のスケジュール

過去の活動

今後の展開

2013年活動


今後の展開

○活動により期待される成果

 目標の「沿岸被災地における絶滅危惧植物ミズアオイの復活」に関しては、ミズアオイを個体レベルで再生する方法(埋土種子の採取・選別、休眠覚醒・発芽、開花・結実までの育成)の確立が一つ目の成果である。それによって実際の移植地で集団・群落レベルでミズアオイを復元し、花粉媒介昆虫など他の生物も多様な水辺生態系(ビオトープ)を樹立することが二つ目の成果となる。詳細な遺伝学的解析をおこなうことにより、各地でみられる一時的なミズアオイの再生について、それが巨大な個体群の一部なのか、あるいは他とは全く異質な遺伝集団なのかを明らかにする。これは、先の休眠覚醒・発芽などの情報と合わせて、絶滅危惧植物としてのミズアオイの保全にとって重要な成果である。異なる遺伝集団の個体を一つのビオトープの中でいっしょに復元した結果、遺伝学的混乱をもたらすような危険性を回避することができる。と同時に、それぞれの場所の環境変動に対応できるだけの豊かで適切な遺伝的多様性をもった集団を用意することもできる。

 目標の「ビオトープ再生にともなう環境教育、子どもたちの心の復興」においては、いずれも仮設校舎に通う鵜住居小学校と釜石東中学校の子どもたちが、地域の野生生物の再生に立ち会い、ビオトープの作成、維持管理作業、モニタリング等の活動に参加する。また岩手県立大学の学生や任意団体あさがおネットワークを中心とした環境学習にも参加する。そのなかで、ボランティアの人々と触れ合いながら活動を楽しみ、野生生物の再生を身近で感じて自然界の仕組みを学ぶ。こうして、自分たちの暮らしの再生に希望を見出し、いたずらに自然を恐れずに生きる心が芽生えることを成果と考えている。
また、敢えて津波に襲われた現場に立って観察や保全活動をおこなうことにより、子どもたちが自然のもつ両面性や多義性を体感しつつ受容し、その経験を自分たちの未来のために活かす一助としたい。震災から2年という時期であるからこそ、みんなで楽しみながらおこなう自然保護活動や環境学習が、震災で傷ついた子どもたちの心を癒し、今を認識し、未来へ向かう気持ちを育むと考えている。

今回の、とくにビオトープAにおける活動は、環境学習の対象となることがほとんどない「海岸湿地」を保全あるいは創設しながら教育の実践をおこなう。そのため、助成期間内の情報発信を通して、地域内外の様々な人々に「海岸湿地を含む海岸エコトーンの存在と重要性」を広く認知してもらうことができる。沿岸部の震災復興の柱として考えられる水産業だが、この20年間の漁獲高は落ち続けている。自然海岸率が高かった三陸でさえ、港湾開発や埋立てにより人工化が進んだことが大きな原因と考えられる。水質を浄化するヨシ原や干潟・海岸湿地、魚類が産卵し稚魚の揺籃の場でもあるアマモ場など、海岸湿地を含む海岸エコトーンの存在や沿岸生態系の重要性を、子どもから大人まで、すべての世代の人々が認識することによって、自然と共生しながらの水産資源の増殖が可能となり、持続可能な水産業の復活と沿岸部の復興へ向けての希望が生まれる。これも二次的な成果として捉えることができる。

 岩手県内の小学校では、いわゆる「学校ビオトープ」をもっているところは少なく(平塚 2009、未発表)、沿岸ではさらに少ない。これは都会にくらべ、「まわりの自然が豊かだから」という理由が主だが、実際には河口部のヨシ原、海岸湿地、干潟、藻場、アマモ場と連続する沿岸部特有の環境資源が充分に利用されているとは言い難く、教育内容のレパートリーも乏しい。たとえば、内陸も含めたすべての小学校(418校、2009年当時)において、教師が環境教育の素材として挙げた動植物で最も多かったのはサケとリンゴであり、サケについてはすべてが中流域での人工ふ化放流であった(16校)。また、子どもたちにビオトープで増やしたい植物について尋ねても、挙がってくるのはチューリップなど園芸植物の名前ばかりであった。岩手県の沿岸地域でさえ、震災前から身近な自然は喪失し、子どもたちの海での自然体験はわずかである。工業港湾である釜石ではなおさらである。海で泳いだことがないという子どもさえ大勢いる。そこでは海や津波への恐れしか生まれない。今回のビオトープ活動で復活を目指しているのは自然だけではなく、子どもたちの自然と生物への共感である。

○活動成果の広がり (活動成果の継続、団体の成長)

 この活動は、NPO・大学・市民団体が地区の生物空間を再生するプロジェクトである。

1 ビオトープ造成、大学の調査研究の補助と研究成果の実践、および地元の市民団体との活動の連携は主にNPO(AEA)がおこなう。

2 ミズアオイの生態学的・遺伝学的分析、および片岸・根浜地区の生物空間の再生手法についての学術的サポートは主に大学(岩手県立大学)が担当する。

3 小学校・中学校・教育委員会と連携した環境学習の準備、および、ビオトープ空間の管理などの環境活動は市民団体(あさがおネットワーク)が中心となっておこなう。

 この三者が一体となり、地元の協力者や岩手県立大学の学生とともに、子どもたちと触れ合いながら、環境学習を実践していく。ビオトープを維持管理し、環境学習が回を増すごとに、参加人数が増えて参加者の意識が高まり、絶滅危惧種の保全や海岸生態系の重要性に対して、より一層の理解と活動が広がることを目指す。そして、先述した水産業の復活と沿岸部の復興にまで影響力を拡げたい。子どもたちも経験を積むことで、環境学習を「学ぶ側」から「教える側」へと立場を変え、子どもたちによる子どもたちへの環境教育が可能となり、地域のなかで新たな役割を得ることになる。市民団体や地元の参加者も、他では得られない経験を重ね、自らの経験を様々な形で人々へ発信することにより、ビオトープを介した新しい市民ネットワークを創造する。
この活動は当初、大学やNPOが支援するが、後には釜石市民が自身の手でビオトープ再生プロジェクトを実現し、次世代の子どもたちへ釜石の自然の豊かさを伝え、郷土愛をもたらす点に特徴がある。

 今まで、一般的な環境学習のフィールドとしてのビオトープは学校ビオトープであったが、これらは学校の敷地内にあり、生徒も教師も卒業や異動で入れ替わることで管理の継続性が断たれ、荒れてしまうことが多かった。その点、今回のビオトープは学外で地域が共有する形であり、創設時から市民団体が中心となりコミュニティによって支える態勢をとるため、充分に時間をかけて自然の変化とつきあうことができる。この点は、今回の活動の中で特に重要視する部分である。
 また、沿岸各地にはミズアオイが津波によって現れた所もある。これは、かつてミズアオイを一員とする海岸湿地が沿岸に点々と飛び石状に存在していたことを示している。ミズアオイをシンボルとした活動を進めることにより、かつての海岸湿地群の復活を促し、それらを結んだビオトープ・ネットワークを強化しながら、遠く離れた地域間の連携が進められる。ミズアオイの保全にとっては複数の集団が成立することにより、遺伝的多様性の維持とリスク分散が可能となる。
 
 本来、自然は再生力を持っている。津波で生育地がまるごと失われる一方、津波によって一時的にせよ現れるミズアオイはその象徴である。しかし今、もともと豊かだった自然が津波ばかりではなく、その後の復興事業によって二重に失われる危険性が高まっている。現在の沿岸被災地は、開発と保護の対立がひときわ著しい場所である。今回の活動は、自然の回復力にわずかながら人の手を添えることにより、豊かな生物空間を取り戻そうとするものである。ミズアオイに代表される湿地帯は、その他の植生や多くの鳥類・昆虫類を誘引する。この活動の参加者は津波によって貧弱となった沿岸の生物多様性が回復し、充実していくプロセスを目の当たりにすることになる。プロジェクトの成功により、壊滅的被害を受けた他地域でも生物空間の再生を促すきっかけが得られるだろう。被災地の復興において最優先されがたい「生物空間の再生」のパイロットプランとしての役割を、この活動は担っている。そして助成終了後も、市民団体・児童・生徒など市民によるトラスト活動として、長く続くことを目標としている。