過去の活動場所と現在の活動場所
○ビオトープBと被災したミズアオイ群生地の位置関係
○航空写真での確認
○震災前
○震災後
震災前の地図とみくらべると、大槌湾と釜石市片岸町・鵜住居町。津波は線路(JR山田線)や国道45号線を乗り越えて押し寄せたのがわかる。長い砂州の先端に鵜住居川の河口があり、付近に湿地や干潟があった。ここのミズアオイ群生地は津波が運んできた泥に埋まって全滅した。ビオトープBは仮設校舎の生徒たちが歩いて通える場所に設置した。
震災後、現在の空中写真をみると、砂州は消滅し、中央の防潮堤が500mに渡って崩壊したのがわかる。小・中学校も水没したが、生徒たちは裏山に逃げて全員無事だった(いわゆる「釜石の奇跡」)。現在、生徒たちは内陸の仮設校舎で学んでいる。かろうじて残った防潮堤の一部分にだけ砂が戻っている。
当時の風景
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